2024.02.29
地域の自然と溶け込む商業施設を、探るながら創る
最後の取材は、牧野やよいさんに2023年6月に北海道東川町にOPENした商業施設「THE FOOT Higashikawa(ザ フット ヒガシカワ)にご案内いただいた。北の住まい建築研究社が、設計・外構・施工・家具やインテリアなどトータルで手掛けた建物だ。外壁は東西南北すべて道南杉を張っており、外壁材にはウッドロングエコを塗っている。
数々のアスリート達の靴下を製造する
アウトドア用の靴下専門店
写真:北の住まい建築設計社HPより/ THE FOOT Higashikawaのショップ棟 /外壁:道南杉にウッドロングエコを塗布
北海道大雪山連峰の主峰「旭岳」の麓に店を構えるこの施設は、アウトドアソックスを軸に展開する靴下ブランド「YAMAtune」の新店舗だ。名古屋のニットメーカー「ヤマツネ」が長年培った高度なニット技術を駆使し、普段づかいからランニングや冬のスポーツ、山仕事まで、さまざまな靴下の販売をおこなっている。
「なぜ靴下専門店が東川町に?」と不思議に思い調べてみると、登山やトレイルランニングや、雪国でのスポーツや仕事をする人に向けた製品をつくるには、消費者の生の声を聞くことができる東川町がぴったりだということだった。この地では、自然をフィールドとするアスリートやガイド、インストラクターが多く活動している。
東川町の年間の平均気温は6.5℃(資料:2023年/気象庁)。山に行けばもちろんもっと気温も低く、そういった過酷な環境で登山やトレイルランニングをする人々にとって、浮腫や冷え、蒸れを和らげ、足裏のアーチのサポートをしてくれる靴下は、重要なアイテムのひとつだ。北の気候や風土を直で体感しながら、それぞれのフィールドに合わせた製品開発をおこなっているようだ。試しに私も購入したところ、展示会や長距離の移動に履いてみたところ、浮腫みが無く、ぽかぽかするのに蒸れないという機能性に「これがニットで培った編み技術か~」と驚いた。
YAMAtuneのSNSでは、YAMAtuneがサポートしているスポーツ大会・団体の情報や、店舗で開催されるアスリートのトークショーなども発信している。また、ホームページでは数々のアスリートの情報や、彼らが着用した靴下も掲載されている。
自然と商業施設の許される関係を探りながら・・
THE FOOT Higashikawaは、ローカリズムを大切にしながら、店があることで東川町自体の価値が上がるような店作りを目指しており、自社の同じ町内にある”北の住まい建築研究社”の理念に共感し、店舗建築を依頼した。
依頼を受けた北の住まい建築研究社では、自然や街並みとの調和がとれた商業建築を「探りながらつくる」という。「探りながら」というのは、作為を感じさせない商業建築といった意味も含まるようだ。
渡辺恭延 この商業施設の敷地に植えた樹々や植栽が育ち、建物も一緒に経年変化していく様子を想像しました。もし、店だけがバーンと目立つと、つくられた世界に見えがちです。樹々や植栽や小路という連続性の中に、味わい深くなった建物がある、そんな自然との調和が大切です。
私は「探りながらつくる」という点にとても興味を抱いた。北の住まい建築研究社のblogより、THE FOOT Higashikawaの 外構の建築現場の様子を抜粋させていただいた。一体、どのように探っていったのだろうか。
作為を感じさせない、外壁素材と外壁周辺の工夫
① 外壁板の立ち上げ箇所は、芽登石(めとういし)を使用。
施設の外部を覆う外壁素材には、東川の町並みに溶け込めるよう北海道の石と木がつかわれている。外壁板の立ち上げは芽登石(めとういし)を使用。石を積む際には、決められた範囲に収めつつ自然の中にあるような石をイメージした。職人は、作為を感じさせないよう試行錯誤しながら手積みをしている。
(写真下の2枚)北の住まい建築研究社blogより
②薪置き場で視線をずらす。
“犬走り(※1)”の部分には薪置き場を設置することにより、目線が薪にいき犬柱が目立たなくなる。
※1 犬走 建物の軒下の外壁周縁部をコンクリートで打ったもの。
③森の小路をイメージした通路
ショップ棟からcafe棟へいく通路は、ゆるやかな勾配を設けており、通路の周辺には植栽が植えられ、森の小路のように感じた。また、通路の素材が単調にならないよう、枕木と札幌軟石を組み合わせている。
④ウッドフェンスは材の幅でリズムを取る。
よくみると、フェンス材も2種類の幅を用いて、単調にならないように変化をつけている。エアコンの室外機も目立たないように目隠しをしている。
(写真下)北の住まい建築研究社blogより
⑤わかりやすいシックなサインボード
東川町は車社会なので、車に乗った視界で目に留まるサインボードが重要だ。「サインボードデザイン」は、どちらの方角からも建物の一番上の位置に設置し、遠目でもわかるようになっている。色はオフホワイトのベタ塗り。「YAMAtune」のロゴが立体的にみえるよう加工され、シックなのに目に留まる。
インフォメーションサイネージは、硬質な金属系の素材を使用。商業施設全体は木の外壁の面積が多いので、異素材は目に留まりやすい。色味は、明度において対局にある白と黒の色を合わせている。施設内の屋根素材と似たような色味をつかい全体的にシックな印象をうけた。
⑥外壁は道南杉の荒材にウッドロングエコを塗布
THE FOOT Higashikawaの施設は、東西南北すべて北海道の道南杉の荒材を使用し、木部にはウッドロングエコを塗装している。ウッドロングエコとは、新しい木材に塗ることで無塗装と比べ2.2倍長もちするという木材防護保持剤だ。塗布することで独自の色合いに変色することから、一部のファンに好まれている。
家具メーカーだからできること
北の住まい 建築研究社は、2001年に「北の住まい設計社」から住宅部門を独立させた会社だ。外構から内装にいたる設計やプランニングはもちろん、そこでつかわれる木製品の加工から施工までを自社で手掛けている。また、庭を手掛ける職人が、石を使用した内装や什器の制作に関わることもあり、家具メーカーだからこそできる幅は広い。
施工の現場や内装の造作について、北の住まい建築研究社のblogより抜粋させていただいた。
フローリングは、北海道産の広葉樹を自社で加工をしている。THE FOOT Higashikawaのショップ棟は、靴下ゾーンとアウトドア用品ゾーンにわかれており、ゾーンによってフローリングの樹種も異なる。
(写真)北の住まい建築研究社blogより
(写真)北の住まい建築研究社blog「いよいよ明日オープン!店内の様子と営業案内」より
玄関ドアには靴下型のドアノブがとりつけられ、建具は北海道産のカバ無垢材を使用。建具製作はすべて自社の家具の職人が手掛けるというが、さすが家具メーカーから発展した住宅会社だなとおもった。
(写真:北の住まい建築研究社blogデザインのプロセスと考え方②大切にしたい想いと細部のデザインより)玄関ドアの製作風景。
レジカウンターは、北海道産のニレの一枚板を使用。レジカウンターのお客様側は、耳付き(木の皮の部分を切り落とさず、自然なラインを残す)にし、レジ側は作業しやすいよう直線に切り落とされている。
写真:北の住まい建築研究社BLOG「デザインのプロセスと考え方② -大切にした想いと細部のデザイン」-より
レジカウンターの台は、農地開拓をする際によけられ田畑に放置されていた東川の石を使用し、外構や庭を手掛ける職人が石のバランスをみながらつくっている。
写真:北の住まい建築研究社BLOG「デザインのプロセスと考え方② -大切にした想いと細部のデザイン」-より
ショップ什器も自社製作。靴下をかける木製フックにはロゴの焼き印が押されている。
ショップの一角で靴下を修繕する作業場があり、ガラス越しで作業がみえるようになっている。空間で「ものを大切にする姿勢」という企業理念と技がさりげなくみえるのもステキだった。
カフェ棟では、淡い色彩のタイルが張られたコーヒー豆カウンターがあり、飲食スペースに北の住まい設計室の家具がある。
このように、各所にさりげない工夫が施されており、変化しながらも全体的には調和のとれたシンプルな空間は、森のような建物だなと思った。なぜなら、森には、いろんな草花、樹々、コケなど、沢山の多種多様な生き物が共存しているが全体的には調和がとれているからだ。
北の住まい建築研究所が目指した「簡単ではない自然と商業施設の許される関係性」とは、「森をつくりあげる自然の力」に似ているように思った。
森を”建物”に置き換えてみよう。建物の力は”職人達の細やかな技と感性”の上に成り立つ。自社の職人の技術が生かしつつ、クリエイティブな対話が生まれやすい現場の空気感は、現場監督や設計士の仕事のようにみえる。対話がある現場は、アイディアや創意工夫が飛び交う。
そして、創業者である渡邊恭延さんや雅美さんは、”作為のない技と感性”を養うために、東川町の山奥にある廃校を作業場に構え、日々自然の中に触れ働くことにより、ものづくりの土台にある感性や人としての生き方を育ててきたのではないだろうか。
森の木々や植物、昆虫、
すべての命に慈しみをもつ「生き方・働き方」
表面的なデザインやコンセプトをコピペし、流行やビジネスとして物事を捉えるだけでは、人や文化が育たない。また、短い時間軸で効率化を求めすぎると、物事の本質がみえずに「モノだけをつくる」傾向になり、つくり手の魂まで消耗する事がある。
渡邊恭延さん、雅美さんが創業当初に抱いた「自然豊かな東川町で自然と共に生きる」、「森の木々や植物、昆虫、すべてに慈しみをもつという生き方の中でものづくりをする」という想いや行動は、多くの人の心を動かしてきた。その想いは、北の住まい設計社のスタッフが綴るBLOGよりスタッフそれぞれが咀嚼しながら、チームとして伝えようとしていることがわかる。
今回の取材では、渡邊さんご夫妻のフィンランド滞在のお話をきっかけとして、今村源吉教授が推進されたフィンランドとの国際交流をはじめ、1970年から80年代に北海道が取り組んだ「北方圏構想」という取り組みについて知ることとなった。
そのような時代の流れの中で「北国に住む生活者こそが、風土に適した北の住まいのあり方や、ライフスタイルを提案していこう」という北海道の方々の思いや行動の上に、”北の住まい設計社” や “北の住まい建築研究社”が育まれてきたことがわかった。
高度成長期から40年もの間 “北の住まい設計社”は、この地に根を張り、ものづくりを続けてきた。自然とつながり、事業を通し、人と技術をつなげてきた。そのつながりは、人が幸せに生きていく土壌を育てていった。その土壌からは新しい命が芽吹き、成長していき、種子を落とし、種を蒔く。
(文:小川耕太郎∞百合子社 小川百合子)
(参考資料)
北の住まい建築研究社blog
国土交通省気象庁
YAMAtune大雪山店
YAMAtune大雪山店Facebook
ヤマツネ
インタビュー
渡邊恭延(わたなべ・やすひろ)
北海道生まれ。大学で意匠設計を学び、卒業後、設計事務所に勤める。1978年に独立し㈱北の住まい設計社を設立。代表取締役社長となる 。設立後7年目(1985年)に、旭川市から東川町に移り、廃校になった小学校を自分たちで修繕しながら再生をし、家具製作の作業場として活用する。2001年より㈱北の住まい設計社から独立させた(有)北の住まい建築研究社を設立し、代表取締役社長となる。
牧野やよい(まきの・やよい)
渡邊恭延さんと雅美さんの長女。地元の高校卒業後、4年間にわたりスウェーデンへ留学する。
Capellagården(カペラゴーデン手工芸学校)でテキスタイル科・HDK – Academy of Design and Crafts(ヨーテボリの美大)でデザインを学ぶ。帰国後、北の住まい設計社へ入社し広報の仕事を担う。
聞き手・文
(有)小川耕太郎∞百合子社 代表取締役 小川百合子(おがわ・ゆりこ)
主な仕事は持続可能な商品の一般化のための啓蒙とPR。 1998年、山一證券が倒産した年に、夫婦で起業する。地域の生物資源と産業(技)と自然が循環できることをコンセプトとした持続可能な商品づくりを目指す。