2024.02.29

果てしなく長い時間を要する家具づくり~想いを実現するための技~

高度成長期に創業した、持続可能なものづくり。

高度成長期からデフレ時代にかけ、短い時間軸で効率や合理性を追い求め、使い捨てが当たり前の社会になり、多くの消費者の価値観や意識を変えた。しかし時代がかわり、現在では世界中で「環境問題」という社会課題が浮上している。

日本では、2018年より廃プラゴミの輸出規制がはじまり、いよいよゴミの行き場がなくなったこともあり、持続可能な循環型社会のために「使い捨て」からシフトする取組がはじまっている。

高度成長期に創業した「北の住まい設計社」は時代の先駆者だと思う。2話では、想いを実現していくためのお話しを、渡邊恭延さんと、恭延さんと雅美さんの長女 牧野やよいさんに伺った。

北の住まい設計社の家具デザインの基盤をつくる

写真:北の住まい建築研究社 [軽井沢 別荘] 設計、施工、外構、家具まで手掛けた物件。施主様の希望により「全体的に白っぽく優しい感じ」に仕上げている。よくみると幅木やキッチンカウンターの立ち上げ部分も絶妙な色合いの木材を合わせている。

―――北の住まい設計社独自の家具デザインの基盤は誰がつくられたのですか?

渡邊恭延 いろいろな人のサポートのお陰と縁で、現在の北の住まい設計社があります。事業立ち上げ当初は、どういった家具デザインが長く愛されるのかを考えていてね、そんなとき、スウェーデンのヤコブというデザイナーとの出逢いがありました。

彼は非常に優秀で、うちで働いてもらおうと思いましてね。でも、当時は労働ビザが下りず、大学の先生方に相談したら「アーティスト ならビザが下りる」と教えていただきました。

ヤコブは芸術面でも様々な賞を受賞していたので、アーティストとして、北の住まい設計社で働くことになりました。

ヤコブのデザインする家具は、木の素地そのままを生かし、重厚というよりは、穏やかで静かな印象のものが多くてね。スカンジナビア風の軽さのあるデザインでした。北の住まい設計室社の家具デザインの基盤は彼が築き上げてくれました。

牧野やよい 北海道の木は白っぽく明るいベージュ系の色味が多いです。例えば、一般にウォールナットというと濃い色味を連想しますが、北海道のオニグルミは明るい茶ベージュです。

昔の日本の高級家具は茶色に着色していたので、ヤコブがデザインするような、素地を生かした家具は少なかったように思います。

――やよいさんが スウェーデン留学したのもヤコブの影響でしょうか?

牧野やよい  確か、ヤコ ブが北の住まい設計社で働き始めたのは、私が5歳か6歳くらいの頃だったと思います。私は高校時代に、スェーデン留学すること考えており、留学前に日本の美術学校に行こうとしていましたが、デッサンの先生に「直接スウェ―デンに行ったら!」と勧められ、高校卒業後、スェーデンの学校へいきました。

留学中のスウェーデンでの暮らしの体験が、自分が好きだったことや、両親が培ってきた日々の暮らしと重なりました。両親が大切にしてきた「自然とともに過ごし生き、仕事をすること」が自分にも受け継がれていることに気が付くという経験でもありました。

留学を通して、改めて「北の住まい設計社」という社名は、社の考えをよく表した名前だと思うようになったんです。

――スウェーデン留学では何を学ばれたのでしょうか?

牧野やよい スウェーデンの家具デザイナー、カール・マルムステンが創立したカペラゴーデン手工芸学校にて、テキスタイルデザインを学びました。

「暮らす=ものづくり=デザインする」という、すべてがつながった暮らしを、寮生活で実践しました。後に、ヨーテボリの美大では現代デザインを学びました。

写真:北の住まい建築研究社 [栃木県T邸 キッチン]石材を使ったキッチンカウンターとタイル張りの面。よくみると、ガスレンジ台の立ち上げにも同じタイルがはってある。家具メーカーらしく淡い色合いの中に微妙な変化をつけている.

家具の着色はエッグテンペラ

渡邊恭延 当時の家具といえばウレタン塗装が主流でしたが、私は仕上げに化学的な処理をするのが嫌で、ヤコブに教えてもらいソープ仕上げやオイルフィニッシュで仕上げる家具をつくりはじめました。

牧野やよい 家具を着色するときは、卵をつかったエッグテンペラの技法を用いています。乾くまでものすごく時間を要する着色技術です。

写真:北の住まい設計社 写真上:エッグテンペラで着色された家具 写真下左:エッグテンペラの調合 写真下右:着色

――高校時代エッグテンペラで絵を描いた経験があるのでよくわかります。エッグテンペラは何代にもわたり鑑賞することを前提としたもので 、その技法を家具に用いるなんて素晴らしいですね。

やよいさんに作業場を案内していただいた際に、エッグテンペラで着色した工程をみせていただいた。

牧野やよい あの家具は乾燥中のものです。エッグテンペラは乾燥までに時間を要しますので、まず一度塗ってから乾燥させ、2週間後に再度着色し乾燥します。

エッグテンペラは時間がたつほど塗膜が硬くなって剝がれにくくなるので、味わい深く変わっていく経年変化が特徴です。

うちって、スピードが求められる時代にここまでやるのか!という作業がとても多いです。北の住まい設計社の家具は、物凄く手間暇がかかった職人の家具なのでどうしても高くなります。

――家具は、毎日つかうものなので、心地よい家具に出逢えれば、日割りすると、そんなに高額ではないということに気がつきますけどね。

この後、「自然乾燥するための板の積み方」や「修理を前提とした部材の確保と管理」「耐久性のある革加工」など一般には見えにくい仕事 を見学させていただいた。「修理しながら長く使う家具」のためにはこれだけの仕事があることに驚いた。

写真:北の住まい設計社のBLOGより 写真上:木工職人の仕事 写真下:職人さんの図面にはメモがぎっしり書かれている

木材はすべて室内天然乾燥。桟積み の「桟」にもこだわる

北の住まい設計社の扱う木材は、全て室内天然乾燥材をつかっている。「桟積み」といい、木材と木材の間に桟木と呼ばれる細い木を渡して積み重ねている方法で室内自然乾燥させる。桟木の幅の分だけ隙間が空くことで空気が循環し、カビの抑制と木材乾燥に効果がある方法だ。

渡邊恭延 北海道の木には、人工林で育った針葉樹と雑木林で育った広葉樹がありますが、家具やフローリングには、広葉樹を使うことが多いです。

広葉樹は人工林のようにまっすぐに育っていないため、独自のねじれなどがあり、太さも長さもバラバラです。切り出した丸太は、つきあいのある鈴木木材屋さんが板に製材し、私たちはその板を仕入れ、さらに自社倉庫内で長い時間をかけて寝かせます(静置乾燥)。

木をゆっくりと自然乾燥させることで、木に含まれる油が流れず、湿気に強くしなやかな木となる。また、 施工後に乾燥や経年で木材の変形や収縮・割れがしにくい、丈夫な構造材となるともいわれている。

あるインタビュー記事の中で渡邊恭延さんが言われていた「本質 を追求すればするほど『シンプル』になり、経年が進めば進むほど『素材そのものの質』と『素材をどう管理したか』の良し悪しが現れてきます。」という言葉が私の心に残っていた。

やよいさんに木材倉庫に案内していただき圧倒された。

木材倉庫にはキチンと桟済みされた一枚板の原木をはじめ、さまざまな木材が保管されている。家具として出番をまっている木材の量は半端なかった。

考えてみれば、人間が管理しやすい人工乾燥をせず、自然乾燥となれば、常にこのくらいの量をもっていないと、需要に応じた製品づくりなどできない。この木材を寝かしておくための在庫コスト、倉庫代、フォークリフトで整理する人件費 他、想像しただけでも、大変であることは理解できる。

渡邊恭延 我々のように、丸太から製品まで、自然のリズムに忠実にものづくりをしている事業者にとっては、手間がかかるのは当たり前のことです。表面に突板(※図1) を張る家具は違って、無垢材だけで家具をつくるとなれば、すぐに材料が揃いませからね。

図1 突板合板 表面は、無垢材を薄くスライスした突板と台板(合板を数枚張り合わせたもの)をはり家具や一般のフローリングなどによく使われる

写真:北の住まい設計社HPより / 桟積みの時に使用する特許技術を取得した桟

――この倉庫で「桟積み」につかわれている「桟」は特殊なものだと聞きましたが

渡邊恭延 あれは、海外でつくられている、特許技術を取得した桟を輸入したものです。通常、板を桟積みすると桟の箇所だけ空気が通らないのですが、特殊加工の桟は空気が通るようにできているため、時間をかければ自然乾燥でもムラなく乾燥できます。

ワインも保管方法により、味や価値に雲泥の差がでると聞いたことがある。木材の自然乾燥は木材としてのよし悪しを決める大事な工程だ。自然乾燥の木は色艶が違うと聞いてはいたが、きっとそういうことなのだろう。

理念を実現~ながく愛用される家具の裏側~

次に、やよいさんに製品の部材を管理している倉庫に案内いただく。北の住まい設計社の家具は修理して使われる方も多く、修理の際に必要な部材が保管されている。ここでも圧倒された。

――こんなにも家具の部材を保管しているのですか?

牧野やよい はい。これからつくる家具もありますし、修理を依頼されたときに必要な部材も保管しています。

(写真上・中)北の住まい設計社BLOGより 立教大学でつかわれている椅子やテーブルを現場でメンテナンスをした作業

(写真下)北の住まい設計社BLOGより 立教大学でつかわれている椅子の一部を工房へ持って帰りこれから修繕する椅子

木は自然素材なので、一本一本太さも大きさも違う。それぞれにあった木取りができれば部材をつくり保管するのだろう。ふっと、鋸研ぎ職人の長勝さん から「ドイツでは修理しながら長く使う文化があり、金具も、部材も何代にわたり保管している」と聞いたことを思い出す。

写真)北の住まい設計社BLOGより
椅子の脚に適さない部分を避けながら、且つ出来るだけ効率よく取れるように木を見極めながら取る位置や角度を決めていく作業

――これだけ整理整頓され保管されているなんて、なんていうかとても美しいですね

牧野やよい そうですか?

「へぇ?」という表情に私の方が驚いた。幼少の頃から親の仕事をみてきたやよいさんにとってはこれらの製造工程は当たり前なのかもしれない。彼女の案内は淡々としており気負いが全くない。

「百聞は一見にしかず」というが、倉庫にご案内いただき、何代にもわたり長く使い続けられる家具づくりの裏側に、様々な仕事と技と時の積み重ねがあるということが伝わった。

一般消費者には見えない部分にこそ魂が宿り、信頼につながるっているのだろう。

――設立当初は、どのようにして職人さんを集めたのでしょうか。

渡邊恭延 旭川は家具の町だから、いい職人さんが多いです。東川町は旭川から車で30分圏内ということもあり、会社を立ち上げる時に、人間性も技術も素晴らしい職人達が私たちについてきてくれました。

その職人達が中心となってものづくりをしています。また、家具づくりには、木工作業以外に、布や革を張る「ハリ職人」がいます。

優秀なハリ職人がいたからこそ、ここまでの精度をあげることができました。家具メーカーでもハリの部分は外注にまわすこと多いがね。

ハリ職人の作業場 
見学時間と職人さんの昼食時がかさなり、作業風景は見学できなかったが、作業台の上には、午後から仕事をする準備がされていた。できる職人は「段取り」と「道具の手入れ」をきちんとする

写真 北の住まい設計社BLOGより (写真左)革を編む作業(写真右)革の型 /なめし革はスウェーデンの老舗メーカー タンショ―社のものを使用 

写真:北の住まい設計社BLOGより 以前、北の住まい設計社の職人が革で張り替えたカール・マルムステンの張りぐるみのソファー

渡邊恭延 革はスウェーデンの老舗メーカー タンショ―社のなめし革を使っています。国内でもいろいろ探したけど、長く使うことを前提に考え、この会社の製品を仕入れています。

作業場見学にこられる人からは「よくそんな工房と取引できたね。」と言われることもあるよ。

北の住まい設計社でつかう革は、135年以上の歴史をもつ、小さな村にある工場でつくられている。古くからの製造方法のまま、植物タンニンと綺麗な水で、人の手によって木の樽の中でじっくり鞣されたものだ。

防腐性、耐熱性、柔軟性 耐久性が素晴らしく、使い続けるほど味わい深くなる革として有名だ。

――全ての工程を自社でされているのでしょうか

渡邊恭延 木工作業だけでなく、縫い、裁断、塗装なども自社でやります。すべての工程を一貫生産となれば、いろいろな職人と話し合うことが多くなります。作業工程のすべてが見られるということは大切です。

職人同士の話し合いが行われる現場はいい現場だといわれる。精度の高い仕事とは、このようにして現場を育てているということを教えていただいた 。それにしても凄い。

写真:北の住まい設計社 [愛媛県G邸]家具につかわれる生地も天然素材が中心。原料や環境に配慮したエコラベルを取得したものを仕入れている‘(100%重金属フリー、エコテックス規格100、EUエコラベル)。設計、施工、外構、家具:北の住まい設計社
摩耗テストにて耐久性が証明された生地を使用。

―――話が変わりますが、実は私、起業当初、お母さまの雅美さんに憧れていました。なんていうのかな、今でいう「丁寧な暮らし」とでもいうのでしょうか?

牧野やよい うちの母はいつも忙しく全然丁寧な暮らしじゃないですよ。父ともよく喧嘩していたし(笑)

―――最初に立ち上げられた方は皆そうですよ。時代と真逆の方向にむかって動きながら考えつくりあげてきた会社ですから。だからこそ理念に説得力がありますよね。多分、丁寧ってそういうことだと思います。小まめに身体と手を動かして自然とともに生き、考え、工夫を重ねるということだから常に忙しいですよ。 

今回は、憧れの雅美さんとお会いできなかったが、前日は緊張して夜も眠れなかったので、お会いできたら、もうインタビューどころじゃなかったかも知れない。渡邊恭延さんと雅美さんの”情熱“”行動力”に共鳴し、人が人を呼び、この地にいろいろな人が集まってきたのだろう。

午前中の取材を終え北の住まい設計社のcaféでランチを食べる。東川町の農産物を中心としたお料理が評判で平日でも大勢の人が訪れていた。 

(写真左)北の住まい設計社 Cafe & Bakery (写真右)北の住まい設計社BLOGよりクリスマスディナー(期間限定)


午後からは、東川町に移住した夫妻が運営する「Villaニセウコロコロ 」へご案内いただく。北の住まい設計社が外構、設計、施工、家具をすべて請け負ったヴィラだ。(つづく 第三話へ

(参考資料)
北の住まい設計社HP エッグテンペラカラーリング
TRANS.Biz 「テンペラ」とは何か?技法や歴史・代表作のムンク『叫び』も紹介

インタビュー

渡邊恭延(わたなべ・やすひろ)
北海道生まれ。大学で意匠設計を学び、卒業後、設計事務所に勤める。1978年に独立し㈱北の住まい設計社を設立。代表取締役社長となる 。設立後7年目(1985年)に、旭川市から東川町に移り、廃校になった小学校を自分たちで修繕しながら再生をし、家具製作の作業場として活用する。2001年より㈱北の住まい設計社から独立させた。(有)北の住まい建築研究社を設立し、代表取締役社長となる。

牧野やよい(まきの・やよい)
渡邊恭延さんと雅美さんの長女。地元の高校卒業後、4年間にわたりスウェーデンへ留学する。
Capellagården(カペラゴーデン手工芸学校)でテキスタイル科・HDK – Academy of Design and Crafts(ヨーテボリの美大)でデザインを学ぶ。帰国後、北の住まい設計社へ入社し広報の仕事を担う。

聞き手・文 :(有)小川耕太郎∞百合子社 代表取締役 小川百合子 
主な仕事は持続可能な商品の一般化のための啓蒙とPR。 1998年、山一證券が倒産した年に、夫婦で起業する。地域の生物資源と産業(技)と自然が循環できることをコンセプトとした持続可能な商品づくりを目指す。


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