2024.02.29

衣食住がサスティナブルに繋がる宿泊施設~Villaニセウコロコロが発信する東川町の魅力~

画像:VillaニセウコロコロInstagramより (写真上)田植えをしたばかりの時期 /(写真下) 田んぼに水を張った頃

午後から東川町にある「Villaニセウコロコロ」という一棟貸しヴィラ(宿泊施設)にご案内いただく。このヴィラは、設計・施工・外構・家具すべて「北の住まい設計社」が手がけている。

このヴィラの取材をお願いしたキッカケは、北海道に移住した女優の柴咲コウさんのYouTubeチャンネルの中で「全ては次の世代のために!持続可能な北の住まいの知恵。北海道を巡る旅#4」をみたことです。

YouTubeチャンネル 柴咲コウ レトロウch 
「丁寧な暮らしが叶うお宿」ニセウコロコロ


北海道を巡る旅#2では、Villaニセウコロコロのオーナー正垣夫妻のこだわりについてのインタビューが配信されている。

東日本大震災を機に東川町へ移住

画像:マタニティ/妊婦のイメージ – No: 4329225「写真AC」(photo-ac.com)

ヴィラのオーナーは正垣智弘さんと芳苗さん夫妻。4人のお子さんをもつ6人家族だ。東京で暮らしていた正垣ファミリーは、第3子が生まれた2年後に北海道東川町に移住をした。

芳苗 三番目の子を授かった時は、助産院に通っていたのですが、そこの助産院では「マクロビオティック」の食生活をすすめられたり、妊娠中の食事の大切さなども教わりました。

オーガニック野菜や無添加の食材なども意識した食生活へ変えると、出産後もどんどん体がよくなり「自然に沿った食生活の大切さ」を実感しました。と同時に、東京の無機質な空間や人工的なものに囲まれる暮らしに違和感をもち、将来的に田舎へ移住をしたいと思う気持ちが強くなりました。

出産して、2ヶ月後に東日本大震災が起こり、生きていくための「水」すら、手に入らない状況でした。便利な都市生活は、災害により生命のライフラインがこんなにも脆弱になることに不安を感じました。また、命の有限さを実感し、後悔しない生き方をしたいと移住を決意しました。

移住先を探している中で、北海道東川町は上水道がなく、すべての町民が、旭岳からながれる伏流水で暮らしていることに豊かさを感じました。私は新潟出身なので、田園風景が自分の原風景と重なりました。

全部で3棟のヴィラがある。 写真左の赤い屋根が「ペロ」、写真右が「チカプ」

片屋根のヴィラが「トゥンニ」

Villaニセウコロコロは、周辺の田園風景と溶け合うような、個性豊かなヴィラは全部で3棟建あり、2013年にOPENした。まるで映画のワンシーンのような景観だ。移住して、自分達の住まいの他に3棟も建てるという勇気と決断力にも驚いた。

訪れるたびに表情がかわる”木の外壁”

画像:北の住まい建築研究社より / 27㎜厚の道南杉に本実加工(ホンザネカコウ)を施したウッドロングエコを塗装したオリジナルの外壁材

外壁につかわれている木はすべて、道南杉の厚27mmの本実加工だ。猛吹雪があるこの地域では、外壁の厚みが重要だという。杉の風合いをいかした荒材を使用し、小川社があつかうウッドロングエコが塗装されている。

画像右:小さな村にある教会のようなヴィラ「チカプ」。道南杉の外壁にウッドロングエコを塗装して10年経つ
画像左:VillaニセウコロコロFacebook より 樹々が成長しハンモックがかけられるようになった。


芳苗 建てて10年経ち、リピーターのお客様からは「訪れる度に表情が変わる」といわれます。杉の外壁の風合いがいい感じになってきて、庭に植えた樹々も成長したこともあると思います。

画像:北の住まい建築研究社blogより

外壁に荒材をつかうことにより、重厚感や風合いを出すことができるが、塗料を吸いすぎてしまうので、その分材料費がかかってしまうという面もある。しかしそこは家具のプロフェッショナル集団。北の住まい設計社独自の塗装方法により、実際に塗装しているウッドロングエコも、それほど多くの量を使わずに仕上げることができているようだ。

画像:VillaニセウコロコロInstagramより

個人的に、ニセウコロコロはずっと気になっていたヴィラだった。時々、Instagramに投稿される田園風景とヴィラの四季の風景にうっとりしていた。まさか、このヴィラがウッドロングエコ仕上げとは知らず、さらには正垣家の自邸もウッドロングエコ仕上げと知り、とても嬉しかった。

暮らすような旅を求めたvilla(ヴィラ)

(画像左)VillaニセウコロコロHPより 朝食は各ヴィラ内のキッチンにて自分達でつくる。東川産のおいしいお野菜や卵、牛乳などの食材が用意されている /(画像右)テラスで朝食が食べられる

芳苗 北の住まい設計社さんのつくるものは、違和感のない美しさが魅力です。私たちは、その建物や家具だけでなく、衣食住がサスティナブルに繋がっているこの町の魅力を旅行者さんに伝えたいという想いがあります。

朝食用にご用意している食材は、東川町のおいしい水や、地元の生産者さんがつくる質の高い野菜や卵、牛乳、お米などを揃えています。ヴィラのキッチンで好きな時間に朝食をつくれます。

私たちは夫婦共に旅好きでしたが、小さい子どもを連れて旅行へいくと、隣の部屋の方に気遣ったり、洗濯ができないとすごい量の荷物をもって旅行へいかなければならないため、子連れ旅でもくつろげる宿を探すのに苦労しました。

画像:VillaニセウコロコロHPより


智弘 暮らすような旅ができる宿がいいじゃないかと。ヴィラも家ぐらいのサイズ感で、キッチンにトースター、鍋、冷蔵庫があったり、洗濯機やちょっとした子どもの木の玩具が置いているとか。このヴィラの家具や生活雑貨は、自分たちがつかってみて良いと思った質の高いものをおいています。

画像:VillaニセウコロコロHPより
左:Swedish Grace(スウェディッシュ・グレイス) 右:Paratiisi(パラティッシ)

画像:VillaニセウコロコロHPより (写真左)目の前に水田があることから、洗濯コーナーには環境に負荷をかけない洗剤を常備している (写真右)さりげなく棕櫚ほうきと塵取りもおいている。

芳苗 最初は、小さな子連れのお客様だと、お皿を割るかもな~と考え、いろいろな価格帯の雑貨も検討したのですが、結局、北の住まい設計社が取り扱う生活雑貨を選ぶことが多くなりました。

北の住まい設計社のショールームでは、自社の家具だけでなく、北の住まい設計社が選りすぐった生活雑貨やファブリックなども購入できる。雑貨類やファブリックをセレクトする基準は「長く使えるもの」「環境に負荷をかけないもの」だ。

(画像)北の住まい設計社東川ショールーム。家具をはじめ、暮らしにまつわる雑貨も扱っている。

牧野やよい 芳苗さんは、北の住まい設計社の生活雑貨のお店もよく訪ねてくれて。使って選んでいただけることが私たちにとって一番うれしいことです。

芳苗
あと、こだわったのは、窓からみえる借景かな。この町の住民にとっては、毎日、山や田んぼがみえるのは当たり前なので、山側に窓をつけず、壁でふさぐ人が多いですが、私たちは山が見えるこの風景が町の魅力だと思っています。宿泊のお客様も、この借景をみながら、質のいいソファーやテーブルでゆっくり過ごされています。

多種多様な北海道材を愉しむ

インタビュー後、2棟のヴィラ「ペロ(アイヌ語でミズナラ)」と「チカプ(アイヌ語でコナラ)」を案内していただいた。このヴィラの内装は3棟とも違う木材をつかっているので、多種多様な北海道材を愉しむことができるのも魅力の一つだ。

赤い屋根をよくみるとひし形が連なっているのがわかる。このひし形加工ができる職人は少なくなっておりと聞いた芳苗さんは、この技術を残していけるようにひし形加工の屋根の依頼をした。ヴィラ内の床は、北海道産のナラ材とウォールナットを使用している。

「チカブ(アイヌ語でコナラ)」小さな村の教会をイメージした建物「チカブ(アイヌ語でコナラ)」。道南杉の荒材にウッドロングエコを塗装している。撮影中に雨が降ったので、外壁が濡れ色になり風情がある。

画像中・下:VillaニセウコロコロHPより
壁は珪藻土の塗り壁 / 床材:赤みのあるチェリーの木と寝室にはウォールナットを使用。

芳苗 移住を決意したときに、北海道をまわり東川町との出逢いがあり、家族が住む土地を決めました。その後、インテリアの勉強をしながら、自宅の建築会社を探している時に、不動産屋さんから北の住まい設計社の存在を聞きました。これから住む土地のすぐ近くに北の住まい設計社があることを知り、北の住まい設計社にヴィラを建てたいと相談しました。

北の住まい設計社がセレクトする生活雑貨店。シンプルで上質な生活雑貨やファブリックを揃えている。

過疎ではなく適疎へ ~ 30年間で1600人増加 ~

Villニセウコロコロの美しさと心地よさは、暮らすように宿泊して実感できることだと思う。エシカルなライフスタイルを発信しているモデルさんや女優さんが宿泊されることも多く、遠方からのリピーターも多いそうだ。またファッション誌や芸能人の写真集の撮影場としてもつかわれることもあるようだ。

画像:VillaニセウコロコロFacebookより

正垣夫妻の暮らし方や価値観が、このヴィラにぎゅっと詰まっている。夫婦共に思いきりが良く、惚れ惚れする。飾らず等身大で生きる姿はとてもチャーミングだ。

東川町は「過疎ではなく適疎」を目指しており、ゆとりある適当な「疎」がある自然環境と暮らしを維持している。

1993年には約7,000人だった人口が、2023年6月末時点で約8,600人になった。30年間で約1,600人以上増えている。外国人の受け入れにも積極的で、日本初の公立日本語学校も開校した。町内には子どもから高齢者、留学生など、多様な人々が住んでいる。

「上水道、国道、鉄道」。東川には3つの「道」がない。特に、「上水道がない町」というのは北海道でも唯一で、豊富な地下水を利用する生活は、セールスポイントの一つにもなっている。

写真:VillaニセウコロコロFacebookより

山が蓄えた雪解け水が長い年月をかけて地中に染み込み、粘土堆積層で濾過され、東川町へと運ばれてくる。その中でも最上級と言われる大雪旭岳源水では、毎分4,600リットルの水がこんこんと湧き出ており、「平成の名水百選」に選ばれた美味しい水を日常的に飲むことができる。

東川町では「美しい東川の風景を守り育てる条例」を定め、「第5節 地下水の保全及び適正採取地」では、持続的に豊かな地下水を守るための具体的な策を示している。

正垣夫妻のように、おいしい水や、自然環境に負荷をかけないライフスタイルを求める人たちの移住が増え、2013年に約35店だった飲食店や小売店が10年後には80店舗以上に増加している。その中には、センスのよい個性的な飲食店や、アイディアや情報や技術を活用しビジネス展開する人達が、木の質感を活かしたおしゃれな外観の店舗やオフィスで、内装にも東川町でつくられた家具を置くなどして、新たな魅力を発信している。

東川町に広がる「持続可能な北の住まいの在り方」

約40年前に東川町へ移住した北の住まい設計社は、単なる北海道材をつかった住まいづくりというだけではなく、私たち人間がこれからどのように生きるべきか、ということにスポットをあて、長い時間をかけて行動している。

この会社の理念や行動にシンパシーを感じた人たちが、この町の新たな「持続可能な北の住まいの在り方」を見せてくれるかのように思えた。

正垣夫妻の話伺い、牧野やよいさんが「この社名は、社の考え方を表している。」といった言葉の深さをより感じることができた。(つづく 第四話

(参照資料)
Villaニセウコロコロ
LIFE INSIDER 「移住者続々、20年で2割も人口増——北海道東川町「脱公務員思考」で進めた自立政策
内閣官房 平成14年1月1日条例第1号 美しい東川の風景を守り育てる条例
tracpath 「鉄道・国道・上水道の3つの道がない 次世代の街づくり」
ニュースイッチ「リーダー不在で成功した、北海道東川町のまちづくり」
J-STAGE(論文)北海道東川町における移住起業の進展要因 飲食店の移住起業に着目して
/土田 慎一郎

平成の名水百選


インタビュー


正垣智弘(まさがき・ともひろ)  正垣芳苗(まさがき・かなえ)

地下水で暮らす私たちは、自然の恩恵を受けて生きていることを実感しています。一方で昨今環境問題が取り沙汰されている中で水という貴重な資源がいつまで当たり前に享受できるのか不安を感じるようになってきました。今ある環境を守り、次世代へと繋いでいくことの大切さを何か発信できないかと考えアクションを起こしていきます。環境のことを考えることと宿の快適性の両立が私たちの目指すところです。(文:VillaニセウコロコロHPより引用)

牧野やよい(まきの・やよい)
渡邊恭延さんと雅美さんの長女。地元の高校卒業後、4年間にわたりスウェーデンへ留学する。Capellagården(カペラゴーデン手工芸学校)でテキスタイル科・HDK – Academy of Design and Crafts(ヨーテボリの美大)でデザインを学ぶ。帰国後、北の住まい設計社へ入社し広報の仕事を担う。

聞き手・文 :(有)小川耕太郎∞百合子社 代表取締役 小川百合子 
主な仕事は持続可能な商品の一般化のための啓蒙とPR。 1998年、山一證券が倒産した年に、夫婦で起業する。地域の生物資源と産業(技)と自然が循環できることをコンセプトとした持続可能な商品づくりを目指す。

「人」と「地域材」にフォーカスしたインタビュー連載BLOG

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