2023.04.24
[Vol.1]総合在宅医療建築の新たなかたち
インタビュー:株式会社パトラック/一級建築士 安宅研太郎さん
立ち寄りたくなる 総合在宅医療クリニック「かがやきロッジ」
「最期まで住み慣れた家や地域で過ごせれば・・・」と思っている方は多いのではないでしょうか。しかし、病を患いながらも地域とのつながりをもち、暮らし続けるには、今までの医療アプローチでは実現できにくい面があります。
また、少子超高齢化社会にはいり、従来の在宅医療の形では将来的に立ち行かなくなるのは目に見えています。それらの課題を解決するために、あたらしい医療の在り方を見据え、建設された総合在宅医療クリニック「かがやきロッジ」が注目されています。
GOOD DESIGN AWARD 2019(主催:公益財団法人日本デザイン振興会)では、地域・コミュニティづくり部門で金賞を受賞、医療福祉建築賞2019(一般社団法人医療福祉建築協会)でも優れた医療福祉施設として受賞されました。
この建物の設計は、株式会社パトラックの安宅(以下、略:アタカ)さんです。
アタカさんが設計する建物は、地域材を多用しながら周りの風景に溶け込む、一見シンプルな建築物です。そこには、「もう少しここにいたい」とか、「なぜか立ち寄りたくなる」そんな気もちにさせてくれます。
設計の中には、小川社の木もちe外壁やウッドロングエコをご愛用いただいていることもあり、アタカさんが設計する「居場所」「心地よさ」「パブリックとプライバシーの間を行き来するコミュニティ」などは、どのようにしてつくられていくのか等お話を伺いました。
アタカケンタロウ建築計画事務所・株式会社パトラック代表
1974年埼玉県生まれ。2001年東京藝術大学大学院建築科修了後、アタカケンタロウ建築計画事務所を設立。2015年株式会社パトラック設立。他にも農業法人株式会社ノース取締役や遠野ふうけい会議共同代表を務める。また東京藝術大学をはじめ、芝浦工業大学などの非常勤講師を兼務し未来の建築家育成に携わっている。
主な受賞:2013年日本建築学会作品選奨受賞「狭山ひかり幼稚園」、2019年Good design 金賞受賞「かがやきロッジ」、 2020年医療福祉建築賞受賞「かがやきロッジ」
医療チームに コミュニティの専門家を 入れ仕事をつくる
近代の日本は、病気の人は医療施設へ、障害をもっている人は入所施設に、高齢者は介護施設へとその道の専門家がいる施設をつくってきました。
そのことにより介助や介護の負担が軽減され、プロフェッショナルだからできるサポートも充実してきました。一方で、病や障害を抱えたことを機に、今まで暮らしてきた地域社会や人間関係が変わるため「孤立化」が課題となっています。
かがやきロッジの代表 市橋亮一医師は、病を抱えながらも社会とのつながりを保ち、自分を肯定しながら慣れ親しんだまちで生きる、そんな「まちの保健室のような」医療施設や医療サービスができないだろうか?と考えました。イメージを具現化するためには、従来の医療にはなかった企画や仕組みづくり、また新しい人の動きや流れをつくる必要があります。
従来の医療分野にはなかった医療サービスについては、あたらしい医療の仕事を企画するプロデューサーを迎えます。医療をベースにした生活や福祉、教育、(※1)ウェルビーイング を考え、地域とのコミュニティづくりや企業との連携をはかります。
そのような新しい活動の受け皿として、市橋さんたちは、あたらしい場の構想に取り組みはじめます。「どんな場所が合ったらよいだろうか?」、議論の進行役は、プランニング・ディレクターの西村佳哲さんへ依頼します。約1年に渡って議論を交わしながら大きな方針が決まっていったそうです。
※1 ウェルビーイング
直訳すると、「幸福」「健康」という意味にあたります。健康については、1947年に採択されたWHO(世界保健機構)では、前文で「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも精神的にも、そして社会的にもすべてが満たされている状況にあるという。」と定義されています。ウェルビーイングも同様の意味に近いものを指します。
自由自在に変容できる空間設計
話し合いを重ねた結果、さまざまなやりたいことが出てきました。
在宅医療専門のクリニックだけど、地域の方々が立ち寄る「町の保健室」であり、家に籠りがちな患者が訪れる「目的地」であり、
患者家族のための「相談室」であり、
多職種の人が一緒に仕事をする「コワーキングスペース」であり、在宅医療のことを発信する「情報発信基地」であり、国内外から視察や研修をうけいれる「学校」であり、
音楽会や展覧会、お祭りも開催する「イベントスペース」でもある。
それを、まるごと可能にするような、そんな建物がほしい!ということになりました。
そのようなたくさんのやりたいことを現実の空間に落とし込む「設計」は、アタカさんが担います。
アタカさんが提案した空間は、従来の医療スペースは施設の1/3ほどに過ぎず、残りは「+α」に充てられています。どの空間も単体ではなく、隣接する空間とのつながりにより、空間のバリエーション、つながり方、距離感を注意深く設計されています。
「それぞれの人たちがこの場所に来て、思い思いの活動が実現できること」。1階吹き抜けリビングではどのような使い方をされているのか3つほど具体例をあげます。
【例① 写真左/ 音楽コンサートの観客席に】(かがやきロッジ youtubeより)
かがやきロッジでは音楽療法をとりいれられています。時には2階の渡り廊下が観客席に変わります。
【例② 写真中/ 多目的ランチルームに】(かがやきロッジHPより)
ケアマネ、ヘルパー、理学療法士、栄養指導、教育関係者、ボランティアなど様々なプロが集まりアイディアを生み出す場として
【例③ 写真右】ミーティングルームに(かがやきロッジ youtubeより)
在宅医療の普及や教育を発信する「情報発信基地」であり、視察や研修を受け入れる「学校やキャンプ場」でもあること
また、時に子ども食堂としてつかわれることもあり、患者さんの家族や、学校帰りの子ども、関連するNPOの方々、在宅医療に直接関わりのない地域の人や子供であっても「自分がここに居てもいい」と思える空間が魅力です。
かがやきロッジが掲げる「最期まで住み慣れた家で暮らせる地域づくり」は、長い時間をかけて取り組む新しい医療プログラムだと思います。
だからこそ、多種多様な人が集い、対話を重ね、新しい仕事を生み出していくところでもあります。そこにいるだけで全体の気配を感じる「空間」がこれからの在宅医療のありかたを変えていくのでしょう。
地域材を使うようになったきっかけ
一見、文化施設のような在宅医療施設の外観は、地域材にウッドロングエコを塗布した木材を張っています。アタカさんに地域材をつかうようになったきかっけを伺いました。
アタカさん)
最初はガルバニウム鋼板やFRPなどさまざまな素材を使っていましたが、木材を使用し始めたのは『狭山ひかり幼稚園』(埼玉県)から。構造材は集成材、外壁はレッドシダー。テラスには地元の西川材(杉)を使いましたね。この時は外材が多かったです。内装もレッドシダー、羽目板に米ツガ、シナ合板も使って、いろんな材を張り分けていました。地域材を使いたいというよりも、いろんな種類の木材を使いたい中でそのひとつが地元の杉材という感じでしたね。
その後、アタカさんはランドスケープデザイナーの田瀬理夫さんに誘われ、岩手県の遠野に足繁く通うようになります。
アタカさん)
岩手で活動(※2)しているとだんだん輸入材を使う気にはなれなくなってきたんですね。とにかく地元にたくさん材料があるから(笑)。
なるべくそれらを使っていくことが、昔からその地域でつくられてきた伝統的な民家、曲り家(まがりや)などの系譜にちゃんとつながっていくのではないかと。そしてそれは地域の外の人から見ても自然なあり方になるんじゃないかなと。食べ物の地産地消ではないですが、建築もやはりそこでとれたものでできるだけつくろうという話もよくしました。
撮影:松井真平
曲り家は日本の農家の伝統的な建築様式のひとつ。人が暮らす主屋から馬屋の部分が直角に突き出すような造りになっており、上から見るとL字型になっていることから曲り家と呼ばれるようになった。
※2 岩手での活動
馬と人が共にあった岩手県遠野の暮らしと美しい森の景観が続いていく事を願い、その土地らしい風土や自然といのちが共振する場を取り戻すために、1997年より里山の山林におけるトラスト事業として民間単独自主事業で進める。クイーンズメドウ・カントリーハウスでは岩手県遠野市にある12haの豊かな里山に馬を放牧され、そこにつらなる田畑で有機農業などを営む農業法人が運営をする宿泊施設やワークショップが行われている。この事業活動にアタカさんも参加
すぐそこにあるカラマツと
近くの製材所で挽いた材で建てる
岩手での活動を経て、アタカさんは次第に地域材(その建物が建設される地域の森林で生育、伐採、製材された木材)を使用するようになります。
敷地に生えていたカラマツを伐採し外壁や内装に使用
(株式会社パトラック HPより)
アタカさん)
軽井沢の『ほっちのロッジ』では、敷地にカラマツがいっぱい生えていて、風害で倒れるカラマツも多かったこともあり、建物を建てる周りのカラマツを伐採してそれを使いましたね。
地域の製材所に乾燥〜製材をお願いしました。足りない分も同じように軽井沢の地域の中で育ったカラマツを使用。
『狭山ひかり保育室(埼玉県)』は『狭山ひかり幼稚園』の隣にあった建物を改築したもので、外壁は幼稚園と同じく全て西川材の杉にウッドロングエコを塗ったものを張りました。
外壁や内装に地元の杉(西川材)を使用。写真左側が保育室、右は幼稚園。
撮影:masaco (株式会社パトラック HPより)
つづく
[参照資料]
アタカケンタロウ建築計画事務所 かがやきロッジ 西村佳哲Mar 7, 2020
グッドデザインアワード
ウブマム2019.01.19 –
「人が通う在宅医療クリニック?」かがやきロッジの持つ矛盾のワケとは?
まちに〝文化的なたまり場〟をつくる
住まいマガジン びお
ぐるり雑考第10回
文化的なたまり場というか 文:西村佳哲
株式会社ゴバイミドリ 緑化形式ごとの事例2019年11月7日
市橋亮一オフィシャルサイト
AXIS Web Magagin 2020.02.28
ランドスケープデザイナー田瀬理夫さんに聞く
「誰も見たことがない、 未来の風景を描く覚悟」
インタビュアー 速水貴子
文
速水貴子(桜茶屋デザイン)
小川百合子(小川耕太郎∞百合子社)
【ウッドロングエコ×地域材】をコンセプトとした、インタビューBLOG「ウッドロングエコと人」はこちらからご覧ください。
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