2023.12.30

第一話 手作り生活おすそわけ工房とは

5年ほど前だったと思う。おひさま 醤油のづくりの仕上げの会で、『げんげのはらっぱ』の野田哲生さんが「菰野町で木工製作をしていて、蜜ロウワックスを使っています」と声をかけてくれた。その日の野田さんは木工作家ではなく、「おひさま醤油づくり」の搾り師として仕事をしていた。

仕事の関係で野田さんのつくられる作品は知っていたが、どういう生き方をしているのかは全く知らなかった。野田さんは木工作家というカテゴリーでは収まらず「手作り生活おすそわけ工房 『げんげのはらっぱ』」 と名乗っていることを知った。どうやら、手作り生活のおすそわけの中に 、「おひさま醤油づくり」という仕事も入っているようだ。

おひさま醤油搾り仕上げの会とは?

5年前に参加した「おひさま醤油づくり」と は、義妹の友人が企画したもので、私は義妹から誘われ参加した。義妹曰く「一年に1、2回ほどグループで集まり、仕込んだ醤油の仕上げ作業(搾り、火入れ)と来年の醤油を仕込む作業があるだけで、まっとにかく楽しいから参加して!」ということだった。

「おひさま醤油づくり仕上げの会」では、搾り師の野田さんに依頼してグループまたは各家庭で仕込んだ醤油を搾ってもらい、翌年のおひさま醤油の仕込む手順などの説明を受けた。

野田 一般に流通している醤油は、温度や蔵に住み着く菌などが安定した環境で仕込むことで、毎年、安定した品質の醤油をつくれます。一方、おひさま醤油は、お日様の力をかり微生物の動きを活発にしてお醤油をつくります。

例え、材料が同じでも、その年の天候や、樽を静置する自然環境も変わります。また、仕込んだもろみをお世話する人の常在菌も作用しますから、色や香り、味わいも、ひとつとして同じもろみにはならないことを愉しむ手作り醤油です。

はじめて、『おひさま醤油づくり』をはじめるグループまたはご家庭には、そういった特性を説明し、他のグループに交じって一度体験していただいてから、おひさま醤油仕込みをはじめます。

画像左:仕込んだもろみ  画像中:仕込んだもろみを搾る  画像右:醤油搾り器

今回、げんげのはらっぱへ取材に行った時も、たまたま「おひさま醤油搾りの会」の日と重なり、2つのグループ がワイワイ楽しそうに醤油を搾り、火入れをしていた。

野田さんの工房に住んでいる鶏の卵に、出来立ての生醤油をかけて食べる釜揚げうどんは、そりゃ美味しいに決まっている。みんなでワイワイ食べている中にいれてもらい、御馳走になった。平和ってこういう空気なんだろうな~。鈴鹿山脈をみながらはじめて会った人達と食べる食事は最高だった。

約一年間かけてグループで仕込んだもろみは、搾り師の野田さんのアドバイスの元、皆で仕込んだもろみを搾り、火入れをし、醤油となり、家庭毎に配分される。

自由自在に楽しめる”ゆるさ”

はじめて野田さんの作品をみたのは「三重の木の椅子展」(三重県立美術館企画展)」で展示された「キノコのスツール」だった。

野田「従来の椅子の形に囚われないで、もう少し面白い形はないかと考え、キノコのスツールに行き着きました」

このスツールをみた時、キノコのスツールを使って、妖精ごっこや森の生き物ごっこをして遊ぶ子ども達の姿が目に浮かんだ。野田さんの製作するものは、使い手があれこれ考えて自由自在に楽しめる“ゆるさ”と、思わず微笑んでしまう“愛おしさ”がある。

画像元:げんげのはらっぱInstagram及び Faceboook より 制作:げんげのはらっぱ / 画像上:キノコのスツール
画像下左:ガラガラ / 画像中:のぼるサル(サルの顔部分に好きな写真がいれられる) / 画像右:多種多様な木でつくった歯固め 

“ゆるく”つながる手作り生活

搾り師としての野田さんからも同じような“ゆるさ”を感じる。

野田さんの周りに集まる人は、手づくり暮らしを愉しんでいる人が多い。手作り暮らしの体験があまり無い人も、みんなと一緒になりニコニコワイワイ醤油仕上げをしている。

この空気感は、ぼそぼそ声でみんなに教える野田さんだからつくれるのだと思う。食へのこだわりというよりは、「楽しいから続く」という雰囲気だ。この場を心から楽しんだ人から、クチコミで別のグループ にもジワジワと拡がっていく。

自作のタイニーハウスに醤油搾り器具をのせ、出張搾り。

驚いたのは、醤油搾りにつかう器具も野田さんが製作されたということだ。よくよく見るとかなり考えられた生活道具で三つほど特徴がある。

①上下に分解できるため車に積んで移動ができる

②脚の部分にアジャスターをつけているので水平な土地でなくても水平がとれる

③内側に縦桟をいれることでもろみが搾りやすくなる。また、搾る時の圧はジャッキをつかうため圧を調整できる

画像(左・中):げんげのはらっぱInstagramより / 写真左:醤油搾り機 / 写真中:タイニーハウスに醤油搾り機をのせる /写真右:搾る時の重さをジャッキで調整する

おひさま醤油づくりの出張依頼があれば、自作のタイニーハウスに搾り器具をのせ、出張へといけるといった利便性も凄い。更に、このトラックは、野田さんが天ぷら油の廃油で走るように改造したのものだ という。

「げんげのはらっぱ」は、鈴鹿山脈の麓、湯の山温泉が湧き出る三重県菰野町にある。飲食店で使用済みの廃油をもらいリサイクルするこの暮らし方こそが「手作り生活おすそ分け工房『げんげのはらっぱ』なんだと思った。自分で作れるものはできるだけつくるという自給自足スタイルだ。

画像元:げんげのはらっぱInstagramより / 写真右:自作のタイニーハウス 写真左:てんぷら油にふくまれた不純物を取る装置

野田さんの暮らしの歳時記には「おひさま醤油づくり」だけでなく「米づくり」などもはいっている。土から離れない暮らしは、現代人が忘れがちなクリエイティブな感性や直勘が求められる。暮らしの中で感じた「ヒラメキ」は、野田さんの「手」と直結し、製作活動につながっているのだろう。

画像元:画像元:げんげのはらっぱInstagramより もち米づくり

2話へつづく

インタビュー 野田哲生(のだ・てつお)

1968年、三重県伊勢市生まれ。法政大学文学部地理学科卒業後、岐阜県立高山高等技能専門校木工工芸科にて家具製作を学ぶ。後に長野で田舎暮らしをはじめながら、長野県伊那技術専門校建築科にて家の建築を学ぶ、2008年より菰野町にて「手作り生活 おすそわけ工房 げんげのはらっぱ」を構える。

文章・取材・一部写真 小川百合子(おがわ・ゆりこ)

(有)小川耕太郎∞百合子社 代表取締役
主な仕事は持続可能な商品の一般化のための啓蒙とPR。 1998年、山一證券が倒産した年に夫婦で起業。地域の生物資源と産業(技)と自然が循環できることをコンセプトとした持続可能な商品づくりを目指す。

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