2021.11.03

小川耕太郎∞百合子社のものづくり- vol.1

▲左から、小川社の藤井大造さん、小川百合子さん、小川耕太郎さん。右から中村養蜂所のマーク、千春ちゃん、秀美さん、誠一さん

なんと今年で発売から21年になるという未晒し蜜ロウワックス。これほど長く愛される商品をつくる秘訣はどこにあるのか。
開発に10年を要したというミストデワックス。何もかものスピードが速くなった現代で、こんなにも時間をかけてまで粘り強く商品開発を続けらたのは何故なのか。

▲小川家に集まって話をしました


今回は、小川耕太郎∞百合子社の小川百合子さん、藤井大造さん、元小川社スタッフ、現在はフリーランスのグラフィックデザイナーで桜茶屋デザインの速水貴子さん、そしてこの文章の筆者であるトンガ坂文庫の本澤結香の4名が集まり、普段はあまり話す機会も多くないという、小川社のものづくりや会社の姿勢、考えかたなど、深く掘り下げて話をしました。

以下、小川百合子さん→百合子、藤井大造さん→藤井、速水貴子さん→速水、本澤結香→本澤(敬称略)にて記載いたします。

マーケットインではなくプロダクトアウトのものづくり

商品開発をする際に、最近では顧客のニーズを汲み取って製品をつくる「マーケットイン」が主流のように思われますが、小川社のものづくりは「プロダクトアウト」だといいます。なぜプロダクトアウトの手法をとっているのでしょうか。


本澤:そもそもなぜプロダクトアウトの商品づくりが始まったのでしょうか?

藤井:基本的に耕太郎さんがわがままだからね!

本澤:(えぇっ…!)

藤井:自分が良いと思うものを作る!市場なんて関係ない、自分が嫌なものなんて売りたくない、っていう。耕太郎さんが好きなものを売る。それに会社のみんなが必死についていく、という感じ。それに百合子さんが後から理由づけをしたり広報や売る仕組みをつくっていくというのがうちの会社だと思ってる。

速水:耕太郎さんに少しでも疑問があると絶対売らないですもんね。

百合子:原料価格を考えると常識では考えられない商品の作り方をしてるもんね。原料でこれだけかかったら販売価格は一体いくらになるの?みたいな。でもそんなの全然気にしない。いいものはいいんだ、っていう考え方。意志はものすごく堅いよね。

藤井:でもその良いものを使って良いものを作る、っていう固い意志があるから他と差別化もできているっていうのがあるよね。エゴマ油なんて今ではもう知名度も上がってきたけど、うちは20年以上前から使っていて、だから仕入れのルートも確保できている。今から作ろうと思ってもなかなか原料の確保が難しいんじゃないかな。

百合子:塗料だから、価格のことを考えたら二番絞り、三番絞りの油を使うっていうのが普通なんだと思うんだけど、それをするにはどうしても薬品を入れたりしないと絞れないものだから、うちはこだわって一番絞りのエゴマ油を使っているんだよね。
まぁなんていうか、うちの会社はそんな感じだよね…?耕太郎さんがとにかくこだわる、曲げない、っていう。

速水:真ん中はそこですね(笑)。蜜ロウワックスに関してはちょうど化学物質過敏症が話題になり始めた頃と重なって、そういった症状を持っている人とか、アレルギーを持っている人でも使えるということで段々と広まっていった感じでしたね。

百合子:原料をシンプルにしているからアレルギーのパッチテストも簡単なんだよね。蜜ロウワックスでいうと蜜ロウとエゴマ油のアレルギーを調べたら良いだけなので。商品に添加するものが増えると、後から実は有害だった、とかが出てきちゃったりするリスクがあるんだけど、うちはそういうことしないというのも一貫しているかも。

藤井:ミストデワックスに関しても、耕太郎さんがこれ、と思ったものを作ってしばらくは売れない時代が続いたんだよね。でもある時、会社に来た方が「無垢の汚れもこうやったら落ちるんじゃない?」って言ったのがきっかけで、無垢の汚れもちゃんと落ちることがわかった。そこから百合子さんがいろんなお宅に行って「お邪魔しまーす!掃除させてください!」っていうのを積み重ねて商品も少しずつ動き出した、という感じだったね。

▲築120年や築80年の古民家、築10年のお宅、などへ伺い無垢の汚れ落としの商品テスト をする

水と油が喧嘩するのはなぜ?「常識」にとらわれない発想と、走りながら考えること

▲蜜ロウワックス製造風景

百合子:耕太郎さんって、誰もが「常識」と思って疑わないことも、立ち止まって「何故?」と問うていく。ミストデワックスの開発をしている時に「水と油はなんで混ざらないんだ!」って言い出して、そんなの大人はみんな当たり前って思ってるから疑いもしないだろうし、そういうものだと思ってるんだけど、そこをちゃんと疑問に思うことができる。「なんで雨が降るんだ!」とか「水って何なんだ!」とか(笑)。徹底的に調べるよね。

大造:あと耕太郎さんはわからないことは何でもすぐ人に聞く。「〇〇について詳しい人いない?」って色んな人に聞いていく。たまたま展示会で出会った人にミストデワックスを作る過程で「今こういうことで困っていて」という話をしたら「できますよ」って言われたことがあって。

百合子:ミストデワックスの開発をはじめて9年目のことだったね。

大造:それでそこから必要な技術を持つ人と出会うことができて、着手から10年目にしてようやくミストデワックスが完成した。
そうやって耕太郎さんがつくりたいものを真っ直ぐにつくっているもんだから、これは一体どんな商品なのかってお客さんに説明する内容が後付けになる。僕とか百合子さんは自社の製品を実際にずっと使っている体験だとか、お客さんとの会話の中でわかってきたこととか、後から商品に肉付けしていく感じかな。

百合子:やりながら考えるというか。走りながら徐々に良くしていく感じかな。
この前サーキュラーエコノミーの勉強会でも聞いたんだけど、そういう企業は増えてきているみたいだね。
例えばオランダの企業で永久に切れない電球を開発したところがあるんだけど、それを作ってしまったら一度買った人は滅多に買ってくれないものだから、このままだと潰れてしまうのではと。それでどうしたかというと、オランダの大きな空港なんかにレンタルで電球を貸し出しているんだそう。不良品などももちろん含まれるから、そういうのを交換したりメンテナンスしたり、ゴミの処理を引き受けたり。商品をつくって、レンタルをはじめてみて、でもやってみないと分からないことは沢山あるから、少しずつやり方を変えていくっていうのが大事なんじゃないかな。

誰にとっても安全、の重要さ

本澤:耕太郎さんの固い意志を軸につくられた小川社の製品って、原料は良いものを使っているし、よくわからないものは入っていないし、本当にみんなが安全に使えますよね。

百合子:耕太郎さんのお父さんが割と早くに足を骨折してしまって車椅子生活だったのね。当時よく孫が学校帰りに施設に立ち寄ったりしていた時にミストデワックスのスプレーが鉄砲みたいで楽しかったみたいで、シュッシュとか言って遊びながら掃除をしていた。それを見て気付いたのは、車椅子で生活をしている人は目線が子どもくらいの高さで、そうするとスプレーの飛沫が跳ね返って顔のあたりまできてしまう。
年をとると肺も弱くなってくるから、洗剤の飛沫とか化学物質が揮発したものとかを吸い込んでしまうとダメージになってしまうこともあるんだよね。
そういう人たちにとっても、安全であることが重要だなってその時感じたね。

大造:これからはペットのいる家庭なんかに積極的に訴求したいと思ってる。強い洗剤とかニオイのきつい洗剤なんかは使いながらペットへの罪悪感を感じている人って結構いるはずなんだよね。

百合子:洗剤や塗料の安全性って、人間の大人が基準になっていることが多いから、それよりも体の小さいペットや子どもにとってどうなのかっていうのも考えないといけないと思うし、そういう需要は沢山あるよね。

大造:ペットとか子どもとか自分より小さくて弱いものが身近にいて、その存在に対して〇〇が良くない、体に悪いって情報を知ると、すごく気をつけるようになるからね。そういう人たちにももっと選んでもらえるようにしたいね。
お子さんがいる家庭で買ってくれているお客さんていうのは結構いるのがわかってるんだけど、ペットがいるから選んでくれるっていうお客さんが現状どのくらいいるのかって分からないんだよね。昔は猫なんて家の中も外も自由に行き来してる猫が多かったけど最近は家の中で飼うことの方が多いしね。家の中の環境を気にする人はたくさんいるだろうと思う。

百合子:最近では高齢者のグループホームなんかでもペットOKのところも増えているみたいだし、ペットを飼う人は益々増えそうだよね。

大造:ペット飼っている人はこの洗剤じゃなきゃだめですよ、フローリングはこれで掃除するのが安心ですよっていうのまだあんまりないんじゃないかな。ミストデワックスはそういう意味でもすごく良い商品だと思うよ。

ミストデワックスは「考えなくて良い」

百合子:エコなお掃除とかをしようと思うと、結構難しかったりするんだよね。例えば重曹は汚れ落としに使えるけど、無垢材に使うと変色しちゃうとか。そういうのを考えながら場所や用途ごとに使うものを変えるっていうのはハードルが高かったりすると思う。

本澤:その点でいうとミストデワックスってすごくシンプルで安全な材料だけでつくられているし環境への負荷も低いのに、どこにでも使えますもんね。考えなくていいからすごく助かります。

百合子:最近の洗剤は、窓用、キッチン用、ガスコンロ用、床用、とかすごく細かく分かれていて、そうするとそれはそれで安心するんだよね。この場所にはこの洗剤を使っておけば間違いないっていう。

大造:結局それは企業がお客にたくさん買わせるために細分化してるよね。本当は同じで良いのにわざわざ〇〇用ってして一家に何本も洗剤が必要だって思わせるという。

百合子:最近は洗剤の人工的なニオイが苦手っていう人も多いよね。それでうちの商品を選んでくれるっていう。

本澤:先日私も小川社のブログに書きましたが、「香害」という言葉も少しずつですが認知されてきていますもんね。
(詳しくはこちらをご覧ください)

大造:花粉症と同じで、人工香料なんかが入っている商品を使い続けている人がある時許容量を超えてアレルギー症状が出たりするんだよね。うちは逆にそういうのを普段つかわないもんだからニオイのきついシャンプーなんかを使うと具合が悪くなっちゃう。
ミストデワックスは保育園とか幼稚園とかでも使われてるんだけど、その理由のひとつとしてニオイもあるんだと思う。実際使っている人にも聞いたけど、小さい子どもはニオイへの感度が個人によって全然違って、ニオイに敏感な子がいるところで人工香料がたっぷり使われている商品は使えないんだよね。
これ一本あれば施設じゅう全部掃除できちゃうしニオイやアレルギーのことも考えなくていいから楽!って言われます。

本澤:楽ですよね、やっぱり。

大造:人工香料のきついニオイのものがたくさん出回ってるのって、みんながニオイに敏感になりすぎてるからだと思うんだよね。嫌なニオイがしたら困る、人に不快な思いをさせちゃいけないってことでニオイを消すためのより強いニオイを振り撒いたりするんだよね。

百合子:食器洗いの洗剤になんでニオイが必要なんだろうね?

大造:元々は安い材料を使った洗剤自体のニオイを消すためだったんじゃないかな。それがたくさん出回った結果あれがいい、ニオイがついていて当たり前って感覚の人が増えたんじゃないかな。あとパッケージのイメージで香りがついてるとか。

本澤:最近は天然アロマで香りをつけている商品も増えている印象ですが、アロマは動物にとっては害だったりしますからね。猫を飼っているのでその辺りは気をつけないとと思っています。

気にしない!は大事なこと

大造:ニオイの件もそうだけど、今の世の中ってみんな色々気にしすぎなんじゃないかな。無垢のお手入れに関しても、蜜ロウワックスは次はどのくらい時間が経ったらで塗るべきなのか、塗らないとシミができちゃうんじゃないかってみんな気にするけど、そんなの別に気にしなくていいんだよね。ワックス塗っても汚れる時は汚れるしシミだってできる時はできちゃう。
これ言うとワックス売れなくなっちゃうんじゃないかと思うんだけど、蜜ロウワックスを定期的に塗るよりも、ミストデワックスを日常的に使ってたらそれでいいよ、って思ってる。

百合子:顔のシミとかも一緒じゃないかな?私は全然気にしないタイプだし、気にすることがダメとかいうわけじゃ全然ないんだけど、シミは悪!みたいに思いすぎるのは大変だよなと思って。
昔友達のお母さんがよくテニスに行く人で、シミとかソバカスもたくさんある人だったけど、健康的でかっこいいなって思ってた。

▲経年変化をうけいれるというコンセプトの外壁(木もちe外壁

大造:外壁なんかも、汚れたらどうしようっていうお客さんもいるんだけど、屋外でつかう材なんだから汚れるのが当たり前で、気にしないことが一番だよね。
でもどうしても気になるんだったら照明を変えたら?って提案してる。ピカピカの蛍光灯じゃなくて、電球色の照明に変えると隅々まで光が照らされないから汚れも目立たなくて気にならない。楽なんだよ。

金沢市なんかは市全体で街灯の明るさを落としていて、街がぽーっと照らされるくらいの明るさにしてるんだよね。そうすると木の外壁がボロいような家でも素敵な感じに見える。去年出張に行った時に実際にみて歩いたんだけど、ボロかろうが何だろうが木の家はライティングですごく素敵に見えるなーって。

アンティークのものだって、正直言って古いし汚いっちゃ汚いんだけど、それは人工的に出すことのできない味がでてるから、みんな素敵だって思うんだよね。だから無垢の汚れとか傷も、弱点としてじゃなくて、例えば照明を工夫して気にしない、むしろかっこいいって思う方がいいよね。

本澤:小川社って基本的にそういう考え方ですよね。「経年劣化」って言わないじゃないですか。「経年美」とか「経年による味わい」とか。なんでもかんでも新しくて綺麗なものが一番良いっていうんじゃなくて、傷も汚れも「味」として受け入れた方が気楽だし、「ものと永くつきあう」っていう感覚にも繋がるし、何より楽ですよね。

百合子:掃除なんかでもそうなんだけど、ピカピカが最上、傷ひとつないのが一番美しい、みたいな感覚って結構みんなもってるんじゃないかな。無垢の家に住むと、掃き出し窓のあたりはどうしても紫外線で色が抜けたり雨でシミができたりするんだけど、そういうのも綺麗にしたり張り替えなきゃいけないっていう強迫観念というか。昔はそんなことなかったと思うんだけどね。

本澤:日本が戦後経済成長をして都市化していく過程で、なんでも綺麗にされてしまったというか、土はコンクリートで埋めて、何でもすぐ消毒とか抗菌とかっていうようになったあたりから感覚もそっちに引っ張られるように変わってきたんじゃないですかね。

百合子:都会の街路樹の落ち葉でクレームとか、あと葉っぱの色が変わるっていうんのでクレームになるって聞いたことある。紅葉する、とかではなくて常緑樹も季節によって色が変わるじゃない?それがダメなんだって。そういう変化に弱いというか、変化することが嫌って人が目立つようになってきた感じはするよね。

本澤:漂白、とかもそうですよね。カップの茶渋とかまな板のシミとか。あと靴下とかシャツも真っ白じゃなきゃだめ、みたいのとか。そりゃ綺麗なのがいいですけど、ちょっと過剰かなって気はしてます。

百合子:そういう作られたというかメディアが煽る価値観みたいなものにどうしても左右されやすいよね、人間って。色んな商品もそういう価値観をベースに生まれてきてるんだろうしね。

前にうちで働いてくれてた人も漂白剤とか合成洗剤を使わない人だったんだけど、体育祭の度に、「あそこの家の体操服は黄色い」って言われてたって。今もだけど、漂白剤とかは使わないって家庭は少ないし、真っ白にしなきゃいけない、ピシッとしてなきゃいけない、それがステータス、みたいな価値観は昔からあったのかなと思って。

大造:僕もばあちゃんにジーパンにアイロンバッチリかけられて(笑)履いた時にバリバリーッていう(笑)。「お前のジーパンはよれよれで色も褪せててみっともない!」とか怒られて。

でも昔はボロを着せてると子どもがいじめられるとかそういうことがあったから、きちんとしたものを着せなきゃってのは昔からあったんだろうね。でも今はやっと、合成洗剤とか漂白剤が環境破壊につながるっていうのもだいぶ認知されてきたから価値観も変わってきてはいるよね。


ここまでで、小川社のものづくりの特異性や精神について少し見えてきたのではないでしょうか。後半ではミストデワックスの冊子の改訂にまつわるお話や、組織としての小川社のあり方などについて引き続き話をしていますので、是非こちらもご覧ください。

(文 : 本澤結香)
尾鷲市九鬼町にある書店「トンガ坂文庫」店主。長野県松本市出身。大学進学を機に上京の後、2017年に尾鷲市に移住。2018年に古本と新刊本を扱うトンガ坂文庫をオープンした。

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