2020.07.06
人が集まる玄関とは?VOL.1
||| 何をしている「場」なのか? 想像ができる「玄関」とは。
街を歩いていてふと目が留まる趣があれば、逆に、その場所を目指して来たにもかかわらず思わず踵を返したくなるような佇まいもある。言わずもがな、玄関は建物の「顔」です。
こちらは私が運営する「トンガ坂文庫」の玄関。ごく普通の民家をできるだけお金をかけずに改装した結果、玄関はとりあえずそのままに。よく言えば町に馴染んでいる、悪く言えば目立たない外観…。(本屋を目指して来てくださったのに通り過ぎてしまう方もちらほら…)「誰かの居住地」という雰囲気が残りすぎて少し入りにくいなぁという反省とともに、今後の課題として常に頭の隅にあるもののひとつです。ちなみに内装はこんな感じです。
では、思わず入りたくなるような玄関とはどんなものでしょうか?中が見えているのがいいのか、逆にミステリアスで興味をそそるものがいいのか、間口が大きいものがいいのか、優しい雰囲気をまとっているといいのか…?お店やオフィスのつくりを考えるとき、玄関を考えるのはかなり重要な要素になりそうです。
||| 工場が並ぶ街並みの空き家問題
IT事業を手がけるボノ(株)さんが運営するOPENシェアキッチン&スペース「我楽田工房ギャラリー」は、「顔」を大切にしたリノベーションで、人の流れ、そして街の雰囲気さえも変えることになりました。
▲リノベーション前(元印刷工業)
東京・早稲田大学周辺は、もともとは町工場や倉庫が立ち並ぶ地域。近年は廃業する企業も増えて空き家が目立つようになりました。空き家問題は地方地域だけでなく、人が密集する都心においても深刻な問題となってきています。似たような事例で思い浮かべるのが、、、ここ何年かですっかりお洒落な街というイメージになったNYのブルックリン。ここも元は工場や倉庫だった街並みがアーティストのアトリエなどに利用され始めたことで、街全体の雰囲気が徐々に変貌を遂げた場所です。
▲ブルックリンスタイルのインテリア(画像及び出典:世界中で大人気!シャビーシック×インダストリアルなお部屋コーデ&インテリアまとめ! https://matome.naver.jp/odai/2142907743209123101)
今ではWEBデザイナーをはじめ、テクノロジー系アーティストや技術者が集まる場となり、その個性的なリノベーションスタイルが「ブルックリンスタイル」呼ばれるようになりました。WEBで検索するとお洒落で個性的なオフィス空間がでてきます。
▲ストリートアーティスト
Bäst
の作品(画像http://www.whatsupmann.com/2011/02/bast/ )
洗練されたイメージが強くなってきたこの頃ですが、ブルックリンと言えばストリートアーティストが多く活躍する街。ブルックリンを代表するアーティスト
Bäst(バスト)は、麦を水と混ぜることで粘着性を持たせて絵やスケッチを貼り付ける“Wheat-paste”を用いた作品で知られ、15年以上にわたりNYストリートアートを牽引する存在です。街を面白がりながら消費社会を鋭く風刺する彼の作品には、ストリートだからこそ生まれた勢いとセンスを感じます。
||| OPENイノベーションが生まれるリノベとは?
この地域にあった元印刷工場を、子どもから大人まで様々な人々が関わりながら、自分たちの手でリノベーションしたのが「我楽田工房ギャラリー」なのです。
▲2014年7月の1回目のリノベーションの様子
改修工事にはワークショップ形式を取り入れ、ほぼ素人でDIYリノベーション。天井を壊し、壁と床のペンキ塗りを行いました。
▲画像:我楽田工房https://garakuta.tokyo/about/story
「人を集めるには、やっぱり美味しいものだよね」そんな一言から、「木のキッチン」をDIYで作るプロジェクトが立ち上がりました。長野県・松本市で木のキッチンを提唱する浦野伸也さんの存在を知り、松本への木の工房めぐりツアーも実施されました。
▲画像:我楽田工房https://garakuta.tokyo/about/story
浦野さんに自分たちで作りたい旨を伝えると、「普通は大工さんが作るんだけどね」と言われたものの、浦野さんの指導のもと、素人集団が3日間かけて木のキッチンを完成させたそうです。これぞ、我楽田工房さんが目指すOPENイノベーションではないでしょうか。
▲残すは外観です。外観(1回目のリノベーションとしてDIYで内装のみ完了)
||| 「人の集まる玄関とは?」ワークショップを開催
▲2回目のリノベーションのワークショップの様子
▲参加者から様々なアイディアが出されました。
2回目のリノベーションではカイダ建築設計事務所の海田修平さんの協力の下、「人が集まる玄関」をテーマにワークショップを開催。美大生を中心に多くの人が集まりました。
●●ワークショップで出された条件は3つ●
(1)通りから木のキッチンが見えること。(←人は「食べること」に本能的に惹かれる)
(2)玄関は木でつくる。(←入りやすさを重視)
(3)玄関の段差にはウッドデッキをつける。
3つの条件を満たすにあたり、「どんな木」を「だれ」から仕入れるのかが重要になりました。ボノさんの場合は「ストーリーのあるリノベーション」「人が集まる場」を目的とされており、使用する木材ひとつとっても、今後もつながりを持てる人から仕入れたい、という希望を持たれていました。
||| OPENイノベーションが生まれるリノベとは?
この地域にあった元印刷工場を、子どもから大人まで様々な人々が関わりながら、自分たちの手でリノベーションしたのが「我楽田工房ギャラリー」なのです。
▲2014年7月の1回目のリノベーションの様子
改修工事にはワークショップ形式を取り入れ、ほぼ素人でDIYリノベーション。天井を壊し、壁と床のペンキ塗りを行いました。
||| アイディアキャッチボールができる人から、木を仕入れる
小川耕太郎と東京・日本橋にある「三重テラス」の集まりで出逢っていた
カイダ建築設計事務所の海田さんは、「耕太郎さんなら、アイディアキャッチボールができる!」と小川耕太郎∞百合子社を指名。材を見にはるばる尾鷲まで足を運んでくださいました。
●●3つの相談(海田さん→耕太郎)●
(1)高さが取れないファサードだが、玄関の前にウッドデッキをつくりたい。
(2)ウッドデッキには、パブリック(公共)と事業所の境界線を緩やかにつなぐ存在感がほしい。
(3)京都のように敷居を高くした木づかいではなく、開放的で明るい木づかいにしたい。
●●回答(小川耕太郎→海田さん)●
それに対しての小川耕太郎からの回答はこのようなものでした。
***(1)(2)***
→「栗材であれば可能」と判断。安全なウッドデッキをつくるためには、施工する環境に応じて材と床下工法を選択することが大切です。杉材と栗材の違いをお伝えし、木もちeデッキ【栗】に決まりました。
***(3)について***
→「杉の追い柾目(おいまさめ)」を推薦。全体的に赤褐色で洗練された柔らかさが特徴の追い柾目は、ご希望の雰囲気にぴったりです。
||| 追い柾目板とは?
この「追い柾目」、というのはなかなか聞きなれない言葉です。
▲▲杉の「追い柾目」
実際に、下記の図のように柾目や追い柾目だけ製材する製材所はほぼ無いとは思われますが、わかりやすくいえば、丸太を挽く方向により木目が変わります。
画像:アルブル木工教室のHPより https://www.e-arbre.com/
【柾目】→材木の中心付近を製材した際にでる、年輪は平行にあらわれスッキリした印象。
【板目】→材木の中心からずらして製材し、山型や自由な曲線を描くような木目
【追い柾目】→ゆるやかな曲線と直線のゆらぎを描くような木目がでる。柾目と板目の中間にあたるもので、「柾目」と「板目」の良いとこどり、と言ったところでしょうか。
▲庇の下につかう板を「軒天板」とよびます。
弊社の扱う「追い柾目板」を製材する製材所は、軒天(のきてん)用の板や、柾目板をとった後にわずかに取ることができる希少な材。さらに今回ご紹介するのは、内装にも外装にもつかえる水に強い赤身の部分のみのため、半年で1000枚程度しかとることができません。
▲「追い柾目」の外壁(小川社の追い柾目は赤身の部分のみになるので、外壁にもお使いいただけます)
すっとした端正な木目のあいだに現れる、柔らかなゆらぎ。隙のない柾目の凜とした印象に、親しみやすさが加わったような絶妙なバランス感。あたたかな赤や茶のグラデーションもほっとさせてくれます。
「杉板を使うと過度に和風になってしまうのでは?」というご心配もいただいたのですが、追い柾目は一般的に流通している杉板とは違う面白い表情が出るため、フォーマルすぎず、カジュアルすぎもせず、お洒落な雰囲気にもよく合います。
||| いよいよ完成!
このようにそれぞれの特徴を活かした木材を使い、いよいよ新しい「我楽多工房ギャラリー」が完成しました。
▲玄関回りをリノベする前
▲アフター(ファサード:木もちeデッキ【栗】/玄関まわり【追い柾目】)
グラデーションが目を惹く木の温かみと柔らかさ、中の様子が分かるクリアな窓。そしてアスファルトの中和するウッドデッキは、公共空間ととギャラリーとの橋渡しを上手に担っています。こうして古い印刷工場は、「人と地域をつなぐ」コミュニティスペースとして生まれ変わりました。
▲オープンした「我楽田工房ギャラリー」
この「我楽田工房ギャラリー」ができてからというもの、周囲には写真スタジオやIT企業、ビール工房などが少しずつできていき、街の雰囲気が変わってきているといいます。リノベーションが街に新たな息吹を吹き込むステキな例となりました。
▲通りから窓超しで中の様子がみえ「何をやっている会社なのか??」と振り返りたくなります。
▲玄関をあけると「国産材のキッチン」があります。いろいろな人がアイディアを出し合うには会議室ではなく「木のキッチン」を置くところが、ボノさんらしい。(画像:我楽多工房さまよりhttps://garakuta.tokyo/space/gallery )
▲画像:我楽田工房https://garakuta.tokyo/11402 不思議とクリエーターが集まる場所“我楽田工房“と、人生の物語に出会う場所“STORYS.JP“コラボ企画
OPENイノベーションを創造する場としてのギャラリーなので、ただの展示だけでは終わりません。この「場」では様々な業種がワークショップを開催したり、テーマを元にそれぞれの観点でトークセッションなどのイベントが行われたりしています。
玄関の窓は、ボノさん(我楽田工房の運営会社)のロゴマークをイメージしたものを、知人のステンドグラス作家さんが制作されました。丸型のステンドグラスは、どこか船を思わせてくれます。このドアを開けて「なにかなりたい人、つくりたい人」が乗船してくるようなイメージでしょうか。
▲代表取締役の横山貴敏さん
2年間で2回にわけてリノベーションをした「我楽田工房ギャラリー」。
運営するボノ(株)の代表取締役
横山貴敏さんに、玄関回りのリノベーション後の反響を伺ったところ「打ち合わせの際に、お客様が事務所やギャラリーをみて期待感をもってくれるようになりました。ある意味広告的な役割がある空間になったと思います。」というコメントをいただきました。さらに、以下のような効果があったそうです。
●玄関のリノベーションの効果●
*外から木のキッチンがみえることで、何か面白そうな人があつまり、面白いことをやっている気配が道行く人に伝わりやすくなった。
*更に面白い人が入ってくるようになった。
*元印刷工場地帯だったため、もともとはフォークリフトと作業員しか通らなかったが、ぽつぽつとお洒落な空き家利用(ビール工房、写真スタジオ 他)、人が増え、通りに活気が出てきた。
横山さんと海田さんのお話を聞く中で「街から生まれてくるものを純粋に楽しんだ」点に、ブルックリンのストリートアーティストBästのアートと共通項があるように感じました。ただお洒落ででナチュラルなだけのリノベ空間では、ここまでユニークな人のつながりは生まれなかったのではないでしょうか。
これまで培われた独自のアイディアと企画力、ゆるやかでしなやかな実行力がこの空間を生んだのだと感じさせてくれます。翌年2017年にはもう一つの元印刷工場をDIYでリノベーション。コワーキングスペースとしてオープンしました。その様子はVOL.2にてご紹介致します。(つづくhttps://mitsurouwax.com/news/2020/07/post-335.html)(文:小川百合子) / リライト:本澤結香)
小川百合子(おがわ・ゆりこ)
小川耕太郎∞百合子社 取締役。1998年、山一證券が倒産した年に、夫婦で会社を起業。地域の生物資源と産業(技)と自然が循環できることをコンセプトとした持続可能な商品づくりをし第一弾が「未晒し蜜ロウワックス」。主な仕事は持続可能な商品の一般化のためのPRを担当(小さな会社なので何でも屋ですが、、、)
本澤結香(ほんざわ・ゆか)
尾鷲市九鬼町にある書店「トンガ坂文庫」店主。長野県松本市出身。大学進学を機に上京の後、2017年に尾鷲市に移住。2018年に古本と新刊本を扱うトンガ坂文庫をオープンさせた。
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・我楽田工房 https://garakuta.tokyo/11402
・ボノ株式会社 http://kaidarchitect.com/
・カイダ建築設計事務所 http://kaidarchitect,com
・オーダーでつくる国産材mammal https://mammal.jp/
・小川耕太郎WOODSELECT https://mitsurouwax.com/woodselect/
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