縄文時代の家は「栗材」をつかっていた!

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昨年、小川耕太郎が東北の製材所と組み「栗のデッキ材」を商品化しました「今の日本で、これだけの量bの栗材を在庫している製材所は少ないから(談:耕太郎)」といってどっさり仕入れをしました。




昔から「栗材は強度がある」「栗材はシロアリに強い」といわれますが、一体、いつ頃から栗材を使われてきたのでしょうか???

 



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 写真:木もちeーデッキ(栗)


住宅に使う「木」といえば「杉、ヒノキ」を中心とした建築物が多いのですが、実は「栗材」をつかった建築物は、縄文時代からあり、もしかすると杉・ヒノキより歴史が古いかもしれません。

 

この時代の住居は「竪穴式住居」といい、まるで大きな傘で地面を覆ったような外観、つまりテントのような感じです。傘の部分は茅葺屋根(カヤブキヤネ)で、傘骨の部分は木で組み骨組をつくっています。その骨組をささえる柱は「掘立柱」といい、地中に柱を埋め込んでいます。しかし、地中に埋め込むため、当然、木には厳しい環境です。


土の中に埋める柱であれば(1)シロアリに喰われてはいけない(2)強度が強いものがいい。縄文時代ですから防腐剤なんてものはありません。そこで選ばれたのが「栗材」でした。

 

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建築物で使う「栗材」といえば、最も有名なのが、世界遺産になった「合掌造りの外観」です。特に豪雪地域の五箇山(富山県)では雪の重さに耐えられるように、多くの栗材が使われています。

 

 

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建築物ではありませんが、栗材は枕木としても使われていました。現在は、コンクリートの枕木が多くなり、表記方法も「枕木→マクラギ」に変わりましたが、鉄道レールの下に引いていた木は、硬くで丈夫で腐りにくい「栗材」が好まれます。「えっ?枕木って、防腐剤を塗っているんじゃないの?」という人も多いだろう・・・と思い更に調べたところ・・・・鉄道課工務局線路科の編集した「枕木読本」によると「枕木として栗材を使う場合は、防腐処理をしなくても良いという」文章が書かれていました。

 

話しが縄文時代に戻ります。


日本人は縄文時代から「栗林として人間が管理していたのでは?」という説もあるようです。「桃栗3年、柿8年」といわれるように、栗は成長が早く、食物としても保存がきくことから、栗やクルミの木は、ただ闇雲に採取していたわけでなく、管理しながら伐採していた形跡がありました。すでに縄文時代から林業のような考え方があったようです。

 

 

面白くなって、更に調べていくうちに・・・・・自分の気持ちが高まってしまい、これからの植林は「ヒノキや杉」だけでなく、「栗」など食すものもあってもいいのではないか!!と思っていたら、丁度知人から和菓子屋「たねや」様のブログで、 コリーナ近江八幡に新たに計画を進めるカステラ専門店「栗百本」にて、栗の木を100本使うというコンセプトの店舗づくりをしていました。

設計は建築史家・建築家の藤森照信氏です。

 

 

調べれば調べるほど面白い。木と共に生きてきた日本では、「栗の木」を使う理由が、風土にあっているように思えました。そうそう、漢字にも表れていて「栗は「西+木」と書きます」



これ以上、話しを進めると更に支離滅裂になるので、その話はまた次回書かせて頂きます。  (文:小川百合子)

 

参照資料:三内丸山遺跡公式ホームページ、合掌造りに学ぶ、合掌づくり民家史考、枕木読本、西日本新聞(2015.10.15