—————-こんなラベルで自信満々——————-小川耕太郎の蜜ロウワックス物語 第一話

wax_mukashi_.jpg先月、まだデジカメを持っていない頃撮った写真がでてきた。その写真の中に蜜ロウワックスを塗ったケヤキ板の花瓶台の写真があった。

ita.jpg蜜ロウとエゴマ油だけを混ぜて初めて蜜ロウワックスを作り、そのワックスをケヤキの花瓶台に半分塗ったとき、私の体にイナズマが走った。凄い、凄い、凄い。興奮して体の奥底から熱が噴き出してきた。

蜜ロウワックスの風合いが当たり前になっている今、この古ぼけた写真を見ると、

「ああ、、、蜜ロウワックスを塗った時の欅の色だね。」

という感じであまり興奮しなくなったが、ウレタン塗装のケヤキしか目にしたことのなかった当時の私には、その自然な仕上がりの美しさは衝撃だった。

「このワックスは凄いことになる。」

ケヤキ板を見た瞬間に私はそう確信した。

 

平成11年5月から「材木屋とハチミツ職人が作った未晒し蜜ロウワックス」と名付け販売を開始したのだが、どうしてだか??当初は全く売れなかった。



製材所時代に取引のあった材木屋さん、大工さんなどに紹介しても見向きもしてくれない。それどころか、

「耕ちゃん、こんなの売れないよ。止めとけ。お客は掃除のしやすいウレタン塗装しか選ばないよ。」

と言われる始末だった。そういう人たちに私は、

「なぜこの仕上がりに感動しないのだろう?」と不思議に思っていた。(このことについては後日書きます。)


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だけど、どんな中にも

「蜜ロウワックスすごくいいね。」

と言ってくれる人がポツポツと出てきて、その中の一人が、今は亡き高橋元さんだった。「ひと・環境計画」の代表でドイツのエコロジー建築を日本に紹介し、広げていた建築家だった。元さんが中心になって書かれた「健康な住まいを手に入れる本」は、当時の私のバイブルとして何度も読んでいた。



「健康な住まいを手に入れる本」を読んで感激した私は、すぐに元さんに電話し、「私の作った塗料を見ていただけないでしょうか?」

と尋ねたところ、

「見てあげるから事務所に持っておいで。」

と快くおっしゃってくれた。事務所に伺って、

「蜜ロウとエゴマ油だけで作りました。」

と言ってサンプルをお見せし、目の前で木片に塗ってお渡しした瞬間に、

「このワックスをOZONEに持って行きなさい。新宿西口のパークタワービルにあるOZONEの一番上、6階の住空間ラボというコーナーだ。私が電話をしておいてあげる。」

とおっしゃる。OZONEってなんだろう?と思ったが、

「ありがとうございます。今日はどうしてもすぐ帰らなければいけないので尾鷲に帰りますが、明日また東京にとって返しOZONEに行ってきます。」

と答えた。



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 翌日、新宿駅に降り立った私は、タクシーに乗り、

「西口にある6階建てのパークタワービル。」

と行先を伝えた。

「エー、6階建てのパークタワービルなんて聞いたことがないよ。住所は?」

と言う。

「住所はわかりません。東京ガスの建物だと聞いたのですが・・・。」

「東京ガスの建物でパークタワービルといったらこのビルしかないと思うよ。」

と超高層ビルの前でタクシーを降りることになった。こんな高層ビルの中にあるショールームに飾ってもらえるはずないし、どうしようかなと途方に暮れていた。何せ、当時の蜜ロウワックスのラベルは、A3の紙にコピーして縦半分に切り取り、ペーパーセメントで缶に張り付けただけのものだった。カタログもA3の紙表裏2枚にコピーして半分に折っただけ、ラベルの字もただワープロで打っただけだ。wax_mukashi.jpg


こんな高級高層ビルの中に置いてもらえるはずがない。元さんに電話してもう一度確認しようとしたところ、目の前をOZONEと書かれたバスが走っているではないか。慌ててカメラを取り出し、写した写真がこれ↓

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「もしかしてこのビル?」

パークタワービルの案内板?を見るとOZONEと書かれている。鳥肌が立った。そして写したのがこの案内板の写真。他にも歩道に膝をついて下からビル全体を撮った写真もある。これらの写真を見るたびにあの時の慌てようを思い出し、笑ってしまう。「OZONEの一番上、6階にある住空間ラボ」をビルの一番上の階と思い込んでいたのだ。

ozon.jpg 

この高層ビルの中の住空間ラボというスペースに「材木屋とハチミツ職人が作った未晒し蜜ロウワックス」を置いてもらえるんだ。恥ずかしいような、申し訳ないような、恐ろしいような、不思議な感覚を覚えながらビルに入っていった。(文:小川耕太郎)