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メディア掲載

2021/02/12

【第19期】2020年3月11日付南海日日 元盛松への山道整備 ----尾鷲薮漕隊 倒木撤去や草刈り----

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元盛松への山道整備 ----尾鷲薮漕隊 倒木撤去や草刈り----
2020年3月11日付け
尾鷲市内のウォーキングコースなどを整備するボランティアグループ「尾鷲薮漕隊(おわせやぶこぎたい)」=内山佳和代表(67)ら5人は5日、三木浦町の元盛松(さがりまつ)への山道を整備した。


元盛松は昭和初期まで人が住んでいた集落跡で、尾鷲ツーデーウォークでこれまで2回ほど集落を通る道がウォーキングコースとなった。同会がここに整備するのは約3年ぶりで、この日は内山代表ら館員4人が参加した。


整備したのは同町東側の湾奥にある網干しから続く元盛松への山道約2キロのうち1.5キロ、道幅は約1m。網干し場から渓流にかかる丸太は詩を渡り、そこから産官を逢うように続く道には、昨年の台風や大雨の影響で長さ3--8mの倒木が20本あり人が通れない状況だった。



館員たちはチャーンソーやのこぎりをつかって倒木を撤去し、道沿いの雑草を鎌で刈り取った。参加者は地道に作業を進め、5時間ほどかけて道をきれいにした。内山代表は人が歩けるようになり安心した。この道は地元の人から『元盛松に続く生活道路があったはずなので整備してほしい』との要望で5年前に発掘した道。今後もできる限り協力したい」と話していた。



元盛松は1601(慶長6)年の検知で撮数27戸。三木浦(22戸)や早田(7戸)より大きな集落だった。狭い土地で人口が増えると生活しづらくなることから家を継ぐ長男以外は外に出たため、1874(明治7)年の戸籍簿でも27戸126人で戸数は変わらなかった。



電気が通らないため1927-28(昭和2?3)年に全戸が三木浦に移住したという。集落には神社の跡や民家を囲む石垣などが残り、"池"と呼ぶ海岸へ続く道へ続く苔むした石畳道、和歌山県太地町の漁師とも交流があったことから名付けた"太地(たーじ)"と呼ぶ入江など「遺跡ウォーク」として観光スポットになっている。

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